プロローグ
 玖錘市は近年稀に見る暴風雨に見舞われ、ここ数年でも特に散々な七月だっ た。
 中央高校の回りでも、森の木が倒れたり、校舎の一部に損傷が見られたりとそれ なりの被害を受けた。
 暴風雨の影響で臨時休校が続いた数日後の木曜日、休みだというのに表で遊 べるわけでもなく、あまり儲けた気もしないままの登校。
 玄関をくぐり最初に目についたのは、でかでかと支柱に張られたポスターだった。

「風紀委員会告知:校舎周りの清掃ボランティア大募集!!」

 全くもってお人よしな話だ。こんなものに人が集まるわけがない。
 他の生徒たちもそう思ってか、苦笑や嘲笑を浮かべながらお互いに頷きあってい る。
 ただまぁ学校回りがえらく汚くなっていたのは登校のときにわかっていたし、笑い 飛ばしつつも、どこかむずがゆいものを感じたのも事実だ。
 でかでかと書かれた文句の下で非常に遠慮がちに書かれている文面に目を留 めたものは、絶対数に比べれば非常に少なかったが、見たものの反応はそれなり の幅で収束していた。

 何々……? 実施日は土曜日で、登校日? どうやら弁当は配給される?

 ボランティアである以上はお小遣いなんて望めないにしても、昼ご飯が出るというのは ちと気が効いているかも。一部の生徒にとっては(よりかったるいであろう)
部活を休む口実にもなるわけだし。
 しかも責任者が保険医の葵戸環「通称タマチャン先生」というのもは好感をもて た。
 逆効果なまでにガミガミ煩く奮起を(命令口調で)促す老教師やら、ボランティアだ というのに勝手な言いがかりで鉄拳が飛びそうな体育教師ではたまったものでは ない。

 タマチャン先生は中央高校でも随一の人気女教師である。
 若い見た目だがどこが腰が据わっており、その割にはちゃらんぽらんなところがあ るタイプで年齢不詳である。
 謎めいたところとフレンドリーな雰囲気が奇妙に巧く混ざり合っており、男女とわ ず、先生生徒とわず好かれていた(当然ながら一部の教師からは疎まれていたら しいが)。
 最近勤務中に漫画を読んでたところを教頭に見つかり、さんざっぱら小言を言わ れたというのは校内においては誰もが知るところである。
 ただその後、反省したと言うより手口が巧妙になったという情報は一部生徒しか 知られていないようだ。

 他にも若手の教師が二人つくようだが、どちらも不快には思わない人選といえた。

 新任の数学教師、山下先生「通称ヤマッチ」:24才女。今年の四月に赴任してき たばかりの新米教師。いかにも素人っぽいところがたまに傷だが、その分真面目 で飾らないところが受けている。先生というよりは先輩とか頼りない姉と思われて いる。
 当校赴任3年目の英語教師 嘉納先生「通称玉砕王」:26歳男。海外留学を経験 している若手英語教師。英語の発音が様になってるのといい男ということで女生 徒から人気があったが、半ば冗談で葵戸にアタックしたことがあるという有力情報 が出回っている。結末は皆が聞くまでもなくあっさり振られたようで、この情けない 逸話のせいで、不名誉極まりない二つ名とともに男子生徒から同情をかう始末で ある。

 授業が始まる数分間の間は、各クラスとも暴風雨と清掃ボランティアの話で持ち きりだった。
 殆どの生徒は「たまには良い事しとけよ」等と冷やかし合っていたが、「私は出よ うかな」なんていう優等生発言をしている生徒も少数ではあるがいた。



 土曜日は曇りだった。降水確率は10%と低いにしても、どんよりとした天気は清掃 という作業と相まって気が滅入った。
 それでも集合場所の玄関前に集まったのは、風紀委員を除いても20名を越えた というから大したものである。

「うーん感心感心 律儀というかお人好しというか…… あ、今のなしね」

 強制参加の風紀委員に弁当を持って来させつつ、タマチャン先生はけだるそうに している参加者に何時もの調子で賛辞をくれた。
 さすがに弁当には気を使ってくれたようで、一人分に750円もする弁当だった。
それも最近学校近くに出来た人気の弁当屋のだ。もとより半分は食費浮かしとい う現金な参加理由だろうわけで、食も進めば話も運ぶ。さっきまでのローテンション が嘘のようだ。
 とはいっても別にタマチャン先生のポケットマネーであるはずがないんだけれど も……。
 風紀委員の入れてくれた御茶を飲み終わると、参加者各員はそれぞれ素直に立 ち上がった。

 さて、チームわけはこうだ。

・校舎前方に広がっている森の清掃。21名(風紀委員10名+生徒10名+タマチャン先生)
・校庭周りの清掃。15名(風紀委員7名+生徒7名+ヤマッチ)
・校舎周りの清掃。15名(風紀委員7名+生徒7名+玉砕王)

 校舎前方に広がっている森は、春と秋に落ち枝拾いの行事があるが、今回は
暴風雨の影響で特別に追加されたらしい。
 各員軍手はめてゴミ袋とその他携帯用具をちらほら持って、それぞれの持ち場に むかった。これが午後1:00のことである。

 案の定、森の清掃は手間取った。特に用があるわけでもなく、森を抜けると近道 になるような生徒も居ない。そもそもが自然のまま同然の森である。
 高い木が密に生えてるせいで昼尚暗いし、挙句当校の卒業生が昔首をつったと いうデマ何だかホントなんだか判別できない噂まである。
 天気を考慮して懐中電灯を準備させてたのはさすがはタマチャン先生だと思え た。
 行けども行けどもあぜ道で、折れた枝やら青葉やらががそこら中にあったり、
暴風雨の影響で校舎側から飛んで来たのか空き缶やらゴミ袋まであったり、挙句 壊れた傘まであった。
 3名1グループで地域分担をしていたのだが、時折遠くからデカデカと口論の声が 聞こえたりもした。
 集合時間は4時としていたのだが、気がつけば4:10になっていた。視界の悪さに ふと気づく。

「霧出てるじゃん」

 そういえばさっきから回りの話し声が聞えてこない。どうやら奥深くにはいってしま ったようだ。
 懐中電灯が頼りとはいえ、つけたところでやっぱりこの程度の明かりでは心細 い。

「そういえばさぁ この森で昔さぁ卒業生のS先輩が首を……」
「くだらない話してないでさっさと帰ろうよ」

 結局その話が盛り上がる事もなく帰路を急いだわけだが、行けども行けども深い 霧の中。他のグループの明かりも見えやしない。
 こんなに大きな森だったろうか。そういえばここに入った事って今日が初めてだっ たっけ?
 そもそもソロソロどこかに出てもいいころである。しかしおかしい、まだ4:20だ。
 あれからどう考えても30分以上はゆうに歩き続けている。
 いい加減疲れてきたし、気味の悪い情景に鬱憤が溜まる。余計なことしなきゃ
良かった。そんな時だった。

「おいおい こんなもんあったのか この森に」

 それは忽然と姿をあらわした。古びた洋館。
 人は住んでいないようで、この暗さの中でいずれの窓からも明かりは漏れていな い。
 薄気味悪い森にゲームに出てきそうな不気味な洋館。今日はホントウについて ない。
 これで雨でも降り出して入る羽目にな……。

 ザアアアアアアアアアアアアア

 このときほど自分の発想を呪った事は今までないかもしれない……。
 意外にも(というか案の定というか)鍵のかかっていなかった門をあけながら そう思った。

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